2011年10月6日木曜日

Rest in Peace

 私はアップル信者では無い。使っているアップル製品と言えば2008年に帰国した際に買ったiPod Touchぐらいだ(iPhoneやiPadは仕事で触れている程度)。それでもSteve Jobsの訃報はショックだった。彼のプレゼンなど色々と仕事の過程で勉強した事もあるが、私が大好きなのは2005年のスタンフォード大学での彼のスピーチだ。


スピーチの原文はこちら。この伝説的スピーチを知ったのは帰国してからだが、それ以来、日常の仕事や生活に埋没しそうになる度にこのスピーチの文章を読んでは自分の原点を見失わないように努力してきた。この文章を何度読んだか分からない。動画で観たのは久しぶりだ。

最後のStay hungry, stay foolishも良いが、私が好きなのはその前の部分。"Your time is limited, so don't waste it living someone else's life. Don't be trapped by dogma — which is living with the results of other people's thinking. Don't let the noise of others' opinions drown out your own inner voice. And most important, have the courage to follow your heart and intuition. They somehow already know what you truly want to become. Everything else is secondary."。

今日は改めてこの部分を自分に言い聞かせるとしよう。Thank you Steve, please rest in peace.


P.S:今日は方々でRIPと言う表現を目にしました。Rest in Peaceの略なのだなぁーと氣付いて、また英語の雑学が増えました

2011年10月4日火曜日

SNSの用途

 こちらの記事によるとこの一年で日本国内のFacebookのユーザー数が前年の5.6倍、1,083万人に達したそうだ。映画「Social Network」も一役買ったのだろうか。実名登録が原則なので日本では流行しないのではと散々言われてきたがなかなかの伸び率である。個人的な実感としても最近の友人リクエストは日本国内の関係者が圧倒的に多い。アメリカの道場関係者、海外の仕事関係者、学生時代の友人、会社関係者、日本国内の道場関係者、ネットワークは様々。あまり大した事は投稿しないが、それでも投稿する際には相応に氣を遣う。今までは海外の友人仲間向けのコメントだったので英語だったが最近は英語と日本語と併記している。

以前にも書いたが最初に接したSNSはMixi。招待制で始めて、どのようにネットワークを広げたら良いのか分らず試行錯誤したのも遠い昔。NY時代、Mixiで出来た縁で先日の沖縄出張の際は現地で稽古にも行けたりするのであるから武道関係の人脈の広がりはとても興味深い。以前はMixiでも日記を書いていたが最近はコミュを見る程度のアクセスとなった。Twitterは当初実名でやっていたが会社の関係者が散見するに当たって今のアカウントに移行。電車での通勤時にニュースを拾うのに主に使っている。最近始めたLinkedInはビジネス向けのSNS。こちらも実名登録。NY時代の取引先を中心にこちらのネットワークも相応に育っている。アメリカの場合、転職が当たり前で名刺交換も日本のように必須では無いので、ビジネスの人脈維持と言う意味ではずっと便利だ。アクセス回数は週に一回程度だろうか。

そして最近一般公開されたGoogle+。これまでニュースサイトでその性能については読んでいたが、ある日、Googleカレンダーを開くと左上に表示があり一般公開された事を知った。早速、開いてみる。SNSの基本的アイデアは共有だが、Google+の特徴は様々なサークル(グループ)を作り、誰に何を公開するか決めるのを直観的に出来る事だと聞く。10名以上のグループが出来ればその利便性が実感出来るとの説明だった。


そんなに集まらないし

家族と友人のグループを作ったのですが、まだ良さを実感するにはサイズが小さい氣が

(SNSもいずれ用途に合わせて使い分けるようになるのかもしれません)

2011年10月3日月曜日

The Wild Geese


邦題、「ワイルド・ギース」。1978年のイギリス映画。中高生の頃にテレビの洋画で放送されていたのを数回観た記憶がある。細かな事は覚えていなかったのだが、近所のレンタルDVD屋で発掘良品としてジャケットを見た時、最初に甦ったのは面白い映画だったと言う印象だった。数本置いてあったのだが初期の頃は常に貸し出し中。ようやく借りる事が出来た。

物語はアフリカの某国で捕まっている同国の元大統領を救出する為に集められた傭兵部隊の活躍を描いたもの。雇われる過程から主人公4名の各キャラの描き方、訓練に現地潜入と細かに描かれる。要所、要所の描き方が70年代の映画である事を思い出させるが(爆発シーンなど)、今、観ても充分面白かった。

個人的に傑作だったのは一緒に観ていた嫁さんの、「この人、昔の007に似ていない?」、と言う発言。うん、その人は3代目ジェームズ・ボンドのロジャー・ムーアその人だから(ちなみに劇中、父子の関係で人間味を見せるRichard Harrisはハリー・ポッターシリーズ初期のダンブルドア)。何と言うか、他の3人と比べて妙に若い。主役4名の内、唯一まだ生きていると言うのも頷ける。


この映画の制作中に50になっていたそうですが

そう言えばRoger Moore Bondの一作目は1973年公開、あの時点で45だったそうで

(1985年のMoore Bond最終作、「美しき獲物達」、が私が映画館で観た初ボンドでした・・・今となっては遠い昔)

2011年9月29日木曜日

グリーン・ランタン

 私は基本的にアメコミの映画版は好きである。Batman、Superman、Spiderman、大半のものは映画館で観てきた。スーパーヒーロの描かれ方としてはDC Comic(Superman、Batman、Green Lantern)よりはMarvel Comic派(Spiderman、Fantastic Four、Hulk、Iron Man、X-Men等々)か。後者の方が一般社会の中で特殊能力を持ってしまったが故の差別や悩みなどが描かれている感があるからだが、2008年のDark Knightは本当に名作だとも思う。時代的に最近は明るいトーンよりダークなトーンが主流なのだろうなとも思う。

そんな中、Marvel Comicのヒーロものの優れたマーケティングはそれぞれが独立した作品でありながら、エンドクレジットの後に他の作品へ繋がる予告編のようなヒントを交える事。Iron Manの一作目にはAvengersの長官のSamuel L.Jacksonが、二作目にはThorのハンマーが、HulkにはIron ManのTony Starkが登場したりするのがその一例。残念ながらThorは時間の都合が付かず映画館に行けなかったが来月公開のCaptain Americaは観たいと思っているし、来年公開予定のアンサンブル映画、「The Avengers」、は本当に楽しみだ。

先日、観に行った「Green Lantern」はDC Comicのヒーロ。珍しくマンガも読んだ事の無い状態。どうしても観たいと言う程では無かったが、自分のiPodには予告編が入っているし、家族でNYに遊びに行った時に街中で盛んに宣伝していたので氣にはなっていた。ある夜、嫁さんも子供も寝たので近所の映画館のレイトショーへ。レイトショーなら映画代も安く済むのでお得だ、たとえ3Dで追加チャージが取られても。チケットを買って席を指定するとかなりガラガラ、実際に映画館に入ってもそんな状態だった。邦画の予告編を経て、いよいよ本編。



日本語吹き替えでした


当然字幕だろうと思い込んでいて全く氣付いていませんでした orz ...

(強い違和感と共に脳内で日本語を英語に置き換えて観ようとするカオス体験となりました)

2011年9月26日月曜日

英語と態度

 「ところで英語は出来ますか?」。こんな質問がメールで届いたのは家族で北海道を旅行中の9月の前半だった。差出人は沖縄の営業担当。どうやら訪問先の得意先担当者が日本語を話さないとの事で急遽問合せとなったらしい。こんな事を聞かれるのも本当に久しぶりだなと思いつつ、NYで10年仕事をして来たので英語での売込は問題無いと回答した。

関東を台風が直撃したシルバーウィーク、私は仕事で沖縄にいた。初めての土地。ワクワクする。仕事なので日中は営業担当者と車で得意先をまわって商品説明だが、それでも南国の独特な空氣を堪能出来た。昔、稽古の関係で師の家に居候していたハワイを思い出す。かりゆしウェアがアロハシャツを思い出させたのかもしれない。北海道が日本国内のヨーロッパだとすれば沖縄は南国リゾートか。ネクタイもジャケットも無しで得意先を訪問してプレゼンやセミナーを行っていた。

2泊3日の出張だったのだが、最終日が英語の日。当初は得意先1名のはずが、そこで30分ほど説明をしたら、その上司が更に話しを聞きたいとの事で再アポ。午前、午後と英語で商品やサービスについて説明をする事となった。展開次第では自分が通訳を務めて営業担当に振ろうかと思ったが、蓋を開けてみれば私が一人で話す展開に。終了後、フライトの変更はしなくても済みそうだったのでそのまま営業担当者の車で那覇へと向かった。車中の同僚のコメント。


「英語で話している方がずっと自然ですね」

 
 あぁ、まぁ、日本語と英語だと話している言語によって自然と態度も変わりますしね

(考えてみると英語での社会人生活の方が日本語のそれより圧倒的に長い事を思い出した次第です)

2011年9月20日火曜日

出張

 明け方の5時前に起き、外が薄っすらと明るくなりそうな頃に家を出た。空港行きのバスに乗り羽田空港を目指す。ここ2ヵ月程度の間にずいぶんと羽田に用事があるものだ。札幌、広島に続き今回は沖縄。また未踏の地である。フライト時間が2時間半と言う辺りに多少の距離を感じなくも無い。飛行機の中、ビジネスモードの人間はごくわずかで出張用の資料を読んでいる自分は浮いている感が無くも無い。ジャケットもネクタイも無いのがせめてもの救いか。

今回の旅は2泊3日。那覇空港で地元の営業担当者にピックアップしてもらい早速得意先を巡る。初めての沖縄の印象は昔、何度も師匠を訪ねて行ったハワイを思い出す。南国だ。日中はびっくりするぐらい暑かったが太陽が沈むと涼しくなるのには驚いた。とは言え2週間前は家族と北海道にいた。短期間に日本を縦断している事も我ながら驚きだ。今回は通常の1泊2日の出張よりは荷物が多め。1泊多いからと言う理由ももちろんある。


後、道着を持参しているから


今宵は会社の関係者と飲み会でしたが、明日の仕事後は稽古です




 (こんな出張ならいつでも来たいものです、まずは明日の仕事をクリアしてからですが)

2011年9月14日水曜日

虚勢とはったり

 大学2年生の冬頃、3年生から幹部として合氣道部を引っ張って行くとの事で全2年生が順次に主座を取ると言うイベントがあった。その時、印象に残ったのが一年上の副将の「主座なんて虚勢とはったりだよ」と言う言葉。もちろん虚勢とはったりで物事を通す為には相応の知識と基礎が必要な訳だが、人前に立つ際の心得としてはなかなか言い得て妙。あれから20年近く経とうとしている今でも覚えている。

人前に立って指導する、あるいは話しをする際に大切な事は自信が無いように見えない事だ。相手はその稽古の流れ、あるいは商品の説明を聞こうとしているのだから、その際に場の空氣を作る人間が自信無くしどろもどろでは逆効果。合氣道の指導に置いてはそれで全く問題無かったし、帰国後、得意先や取引先の前でプレゼンをしたり、セミナーや司会役として数十人、数百人を前に話しをする機会が多くあったが、その際も落ち着いた空氣を醸し出しながら自信を持って話す事の大切さは実感してきている。

最近、業務分担に変更があり、自分の担当のエリアを一まわり年下の女性社員に引き継ぐ作業を行っている。元々、営業出身なので得意先をまわって商品説明をするのは得意かと思いきや、苦手との事。私が得意先で説明をする際、同行して感じを掴んでもらう事にしている。先日も40分の講習会があり、簡単な資料を持参しつつ、参加者の反応や与えられた時間をチェックしながら、緩急を付けて商品説明を行った。終了後、「XXXをXXXのように説明するのですね、メモを取りました」との部下のコメントに、「え、あれはその場の思い付き」、と答えた所、不評。もらったコメントが。


トウヤさんみたいに心臓が鉄で出来ている訳じゃないんです

いや、鉄では出来ていないよ、毛が生えていると言われる事はあるけれど

(早く技を盗んで大きく成長してくれないかなと期待しています)